継続課金型のSaaS・サブスクリプション事業において、解約率(チャーンレート)の改善は事業成長の生命線です。新規顧客の獲得に注力する一方で、既存顧客の離脱を防ぐことで、より素早く事業を成長させることができます。新規顧客の獲得手法は多くのノウハウがインターネット上に公開されている一方、解約率の改善方法は「何から手をつけていいかわからない」「データはあるが活用方法がわからない」という企業が多いのが現状ではないでしょうか?今回は、実際に弊社のお客様と活用している「解約率改善シート」の使い方と効果について解説します。このシートを使うことで、解約原因の仮説を立て、優先順位をつけて打ち手を考え、継続的な改善サイクルを回せるようになります。すべての企業がそのまま活用できるシートではないですが、ダウンロード可能ですので、御社のビジネスモデルやKGI・KPIに合わせて、アレンジして使ってみてください。※「【テンプレート】解約率改善のための施策管理シート」のダウンロードはこちらからなぜ解約率の改善が重要なのか?ビジネスに与えるインパクトが実はかなり大きいからです。たった1%の解約率改善でも、長期的には売上や利益に対して大きな差を生むため、時には、新規顧客の獲得よりも、解約率の改善の方が急務の場合だってあります。では、まず初めに、解約率1%の違いが長期的にどれほどの差を生むのか、考えてみましょう。月間解約率が5%の企業と4%の企業では、12ヶ月後の顧客残存率(Customer Survival Rate)※に約10%ほどの差が生まれます。※顧客残存率(Customer Survival Rate)...元々いた顧客のうち、どれだけが残っているかを示す指標。「計算方法:顧客残存率 = (1-解約率)^期間」近い表現として「顧客維持率(Customer Retention Rate)」がありますが、顧客維持率は実際の顧客数から新規顧客を除いて計算するのに対し、顧客残存率は解約率から理論値を算出する点で異なります。今回は解約率の改善効果を予測するため、顧客残存率を使って説明します。例:月間解約率が5%の場合、12ヶ月後の残存率は、「= (1-0.05)^12 = 54%」となります。1ヶ月目に100人のユーザーがいたときに、月間解約率が5%だと、12ヶ月後には54%のユーザー(54人)が残ることになります。この差をグラフと表で見てみましょう。解約率5%解約率4%基準100人100人1ヶ月後95.0%96.0%2ヶ月後90.3%92.2%3ヶ月後85.7%88.5%4ヶ月後81.5%84.9%5ヶ月後77.4%81.5%6ヶ月後73.5%78.3%7ヶ月後69.8%75.1%8ヶ月後66.3%72.1%9ヶ月後63.0%69.3%10ヶ月後59.9%66.5%11ヶ月後56.9%63.8%12ヶ月後54.0%61.3%解約率が5%の場合、12ヶ月後に残っている顧客は元の54%。解約率が4%の場合、12ヶ月後に残っている顧客は元の61.3%。解約率が1%異なるだけで、12ヶ月後には7.3ポイント(約13%)の差が生まれます。こう見ると、たった1%の差でも事業に大きなインパクトを与えることがわかります。売上計算をすると更にイメージが付くかもしれません。たとえば、月額1万円のサービスで1,000人の顧客を抱える企業の場合、解約率5%の場合の12ヶ月後の売上は540万円です。一方で、解約率4%の場合の12ヶ月後の売上は613万円です。12ヶ月後の単月で見ても、売上に73万円の差があります。そして、この差は更に拡大し続け、時間が経てば経つほど複利効果で差が開いていきます。もちろん、解約数以上に新規顧客を獲得をしていけば顧客は増えていくのですが、事前にある程度、バケツの穴を防ぎ、解約率を改善した状態で新規顧客を増やしていくのが良いでしょう。解約率改善シートとは?解約率改善シートは、解約原因の管理から改善施策の実行・効果測定まで、解約率改善に関わる全プロセスを一元管理するためのシートです。限られたリソースの中で効率よく解約率を改善するため、当てずっぽうに施策を選ばず、可能な限り論理的に優先順位を決めることを目的としています。またマーケティングのご支援をしていると、声の大きい人の意見や感覚的な判断で施策が決まってしまうシチュエーションをよく見ます。それが100%悪いとは言いませんが、このシートを使うことで、データに基づいた客観的な判断ができるようになり、チーム全体が納得できる優先順位を設定できます。このシートでは、解約原因を「影響度」と「発生頻度」で数値化し、最も改善効果の高そうな課題(仮説)から順番に取り組めます。さらに、各施策の担当者、開始日、進捗状況まで一画面で管理できるため、「誰が何をいつまでにやるのか」が明確になり、チーム全体で改善の取り組みを可視化できます。シートの構成と各項目の解説解約率改善シートは、大きく3つのセクションで構成されており、解約原因の分析から改善施策の実行、その後まで管理できるようにしております。解約原因管理このセクションでは、集めた解約理由を一覧にまとめ、解決すべき「解約理由」の優先順位をつけて管理します。解約原因カテゴリでは、解約理由を「プロダクト機能」「価格」「カスタマーサポート」「オンボーディング」「UI/UX」といった具合に分類します。また、「主要機能XYZが競合製品に比べて使いづらい」「競合他社と比較して高額と感じるユーザーが多い」といった詳細も記載します。影響度は1~5の5段階で評価し、5が最も深刻な問題となります。また、発生頻度は、全解約のうちこの原因が占める割合を示します。お客様と取り組む際には、影響度と発生頻度の掛け合わせで、優先順位を決めることが多いです。たとえば、システム障害のような、影響度5(サービスが使えなくなる)、発生頻度3%程度(滅多に起きない)の解約理由もあるでしょう。またUIの使いにくさのような、影響度2(軽微な不便さ)、発生頻度60%(多くの人が不満に思っている)の解約理由もあるでしょう。2つの指標を掛け合わせて解決すべき原因の優先順位を決め、シート内の「優先度」に「高・中・低」で分類していきます。施策管理セクションこのセクションでは、優先度の高い解約原因に対して、具体的な改善施策を立案し、その進捗を管理していきます。施策内容では、「XYZ機能のUI改善とパフォーマンス向上」「サポートスタッフ増員とトレーニング」といった具合にアクションを記載します。期待効果は、その施策を実行することでられる定量的な効果を、「解約率x%減少」「サポート満足度xx%向上」として記載します。とはいえ、定量的な効果を正しく推測するのは難しいので、まずは仮説でもいいので設定しましょう。何度も改善を繰り返していくと、その精度が高くなっていき、何をするとどれだけ改善されるのか大まかに当たるようになってきます。また、担当者や開始日・完了予定日・予算も記載しましょう。さらに、お客様と取り組む際には、施策の優先度をTierで分類します。どの施策から着手すべきかを明確にましょう。進捗状況も記載することをお勧めします。特に、解約率改善に関する定例会などを設けている場合は、会の前までに進捗状況を記載しておくことで、チーム全員が施策の進捗を把握できるようになります。同様の理由で、ステータスも記載しておきましょう。この辺りの項目はチームの運用方針に合わせてカスタマイズして使ってください。KPI管理セクションこのセクションでは、改善施策がその後どうなったかを記載するセクションです。KPIには施策の成果を測る指標を設定します。解約率だけではなく、顧客満足度、サポート応答時間、機能利用率、初月離脱率など、解約原因や施策に応じた指標を記載しましょう。たとえば、「XYZ機能のUI改善とパフォーマンス向上」なら機能利用率、「サポートスタッフ増員とトレーニング」ならサポート満足度などを設定します。施策前数値で現在の状況を記録して、目標値で達成したい数値を設定します。そして、施策改善後数値で実際の結果を記録することで、施策の効果をわかりやすく記録に残し、評価できます。このセクションがあることで、「なんとなく改善できた気がする」ではなく、「具体的にどれだけ改善できたか」を数値で残すことができ、PDCAサイクルを確実に回すことができるようになります。お客様と取り組む中で出た質問と注意点解約原因のデータが不足している場合はどうすればいいの?「解約理由のアンケート回収率が30%しかない」「解約時のヒアリングができていない」といった相談をよくいただきます。全顧客にアンケートできればそれに越したことはないのですが、難しい場合が多いので、まずは利用可能な情報をもとに仮説を立てることが大切です。アンケート回収率が低かったり、解約時のヒアリングができていない場合は、解約手続き時に必須項目としてアンケートを設定する、短時間でも電話ヒアリングを実施するなどで補完できます。また、カスタマーサクセス担当者やサポートチームが日常的に聞いている顧客の声も貴重なデータになるため、そういった情報をもとに解約原因を予測してみましょう。優先度付けで迷った時にどう判断すればいいですか?「影響度4×発生頻度20%」と「影響度5×発生頻度16%」の2つの課題がある時など、どちらを優先すべきか迷われることがよくあります。数値だけでの判断は難しいので、他の要素も考慮して判断することが重要です。例えば、優先度が同程度の課題が2つある場合は、予算が少なく、短時間で解決策を実行できる施策から着手しましょう。機能改善に100万円かかる施策と、コールセンターのサポート体制強化に30万円かかる施策なら、まず後者から始めてみるといいかもしれません。いつの間にか、管理シートを使わなくなってしまうのですが...。解約率を改善する必要がなくなった時にはこのシートを使う必要はないので、運用を停止してしまっても問題ありません。ですが「解約率の改善」が事業の課題としてある場合、できれば週1回、少なくとも月1回は定期的にチーム全体で進捗を確認し合うのがおすすめです。定期的に見る機会がないと、徐々に使わなくなってしまうことはよくあります。もし複数人で運用する場合は、各自が取り組んでいる課題・施策を報告し、一人で運用する場合は上長への報告や、他部署との共有の機会を作ることで、継続的に改善していくことができるはずです。弊社のお客様でも、最初は見よう見まねでシートへの記載が始まり、定例会を始めることが多いです。続けていくと、改善した効果が見えるようになり、シートの運用に慣れ、次第に解約率改善が日常業務の一部として定着していきます。そこまで続くと、何か起こってもスムーズに解約率改善に動けるようになります。まとめ解約率改善シートは、解約原因を「影響度」と「発生頻度」で評価して、できる限りデータに基づいた改善活動を行うためのツールです。声の大きい人の意見や感覚的な判断だけではなく(それが正しい場合もある)、客観的に見て優先度の高い課題から順番に取り組むことで、マーケティングチームや開発チームのリソースを有効活用できます。途中も書きましたが、100%完璧なデータは集まらないので、ある程度の情報をもとに、仮説を立てまずは始めてみるのがオススメです。たった1%の解約率の改善でも大きなビジネスインパクトをもたらすこともあるため、まずは解約要因の把握、次に、優先順位付け...と下記のテンプレートを使って早速取り掛かってみてください。